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あれから一年
2015 / 10 / 18 ( Sun )
妹一家が息子たちの誕生日もあり上京旅行にきております。
おねーちゃんな私は、若い頃の夜中のアリバイ工作から親の面倒まで妹にお世話になりっぱなしなので精一杯のおもてなしちう(笑)

てなわけで妹と自宅でつらつら飲んでるとですね、
ちょうど1年前の父親の危篤真っ最中に帰国した弟と自宅で飲み明かしてたことを思い出しますわ。
おやすみと言って寝室に入ってしばらくしてなくなったわけで。そのとき食べてたつまみが奇しくも同じで笑ってしまう。
父親の一部始終見てきた妹は、そのとき、父親に息子(妹にとっては兄)の帰国目処を具体的に伝えなかった。日付しか言わなかったから日付が変わってから死んだんだ、と思い込んでるみたいで。
私は弔いがてら、弟と色々語り合えたのは父のおかげたなぁと気軽に考えてたけど。
子供としてそれぞれ思うとこあるんだなぁと。

父の死後、1年後に今度は妹と語り飲みしてるなんて1年前は想像もしなかったなぁ。
てか、父がこんなに早く逝くなんて全く思ってなかったよ。

それにしても。息子以外に甥二人とおりますが。
つくづく思う。もう、小さい子育てるの無理!
めんどくさい、育児というか飼育。
単純に可愛いと思えん。私は孫溺愛にはならない気がする。

でも、子供たちはめちゃくちゃ楽しそうで。そういえば自身を振り返るに従兄弟同士って小さい時がほんとーに楽しかったよなーと。
兄弟の縁って意外に薄いもんで。従兄弟同士がワイワイ無邪気に戯れが楽しいもんだった。しかも幼いからこそだよね。

こーゆーの、親である私たちが存命で体力もある時だけかなあ。

おとーさん、そんなわけで、元気にやってますよ!

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00 : 21 : 25 | ファミリー | コメント(2) | page top
明日は我が身
2015 / 03 / 18 ( Wed )
職場では「いつまでも若くて白い」ともてあそばれる評判の私も、白髪だの、息子相手に発狂しそうになるから命の母もいいらしいわよ、なーんて会話をするような年代になってまいりました!

父親がなくなって半年は越えてる今、妹の報告によれば、水が出しっぱなしだの、夕飯食べないで泣いてるだの穏やかでない事柄ばかり。
うちの両親は相性は良くなくていつも母親がdisってて、父親が勝手に母のことが大好きだけどうざいわ、うるさいわという家庭だったのに。
いざ、解放されたいと願っていた嫌いな伴侶が亡くなった後の母親のメタメタっぷりが怖い。
幸い、近くに住む妹が同じB型だけど末っ子らしい処世術で親の傍にいて報告してるのだが、そのエピソードが「ボケ」そのもの。
どうしたもんか。。。と少しどんよりした思いを抱えつつ考えたのだけど。

出張の際に、その地に働いていた同期にわらしべ電話かけて、久々にみんなで飲んだら、みなそれぞれに片親をなくしていてその経験談を総合すると
「女は強い、2年くらい鬱に入りやすいがここを超えると相方が生きてる時よりのびのびしている」
というのが結論だったので、もう少し「仕事忙しくて帰れないーごめんね、お母さん」というスタンスで遠くかつ近くで見守ろうと思った次第。。。

今までは育児との両立が最大のテーマだったけど、実は幼児以上に制御が効かない半端なじじ&ばばの相手もリアルにのしかかるのよね・・・

23 : 44 : 52 | ファミリー | コメント(2) | page top
49日
2014 / 12 / 07 ( Sun )
1週間早いけど、諸事情もあり、身内だけでひっそり49日やっちゃったそーな。

遠方の長男長女はアテにならず、忙しいだろうと気をつかってくれたみたいですが。

おとーさん、ちゃんと極楽浄土に行けたかなぁ・・・
ギリやばいんちゃうん?大丈夫かしら・・・


父が亡くなってから意外にも我が家の大黒柱だった母が参りまくり。
体調崩して寝込んでばかり。
来月は、腫瘍摘出手術もすることになってしまった…(命に別状なし)

ご近所にいる友人の皆さんに助けられてなんとかなってるみたい。
あとなんといっても、近くに住む妹の存在はありがたい。
そして彼女にかけている負担も半端ない。
昔から企んできたこととはいえ、実際、妹がかぶる負担を見ているとさすがに申し訳なくて心が痛む。
妹のオットどの(義弟)にも感謝するのみ。

普段は付き合いは淡泊っつーか、接点はほとんどなくとも、今は血のつながり云々じゃなくて、
家族が支えあって過ごして一日一日前に向かってる。

いやー、そして、そーゆーこと全く気がつかないというか思いも至らないうちのだんなは何モンよ?
とつくづく思う。今はチームだだけど家族ではない気がする。


とにかく。父が極楽か地獄かの判定は不明ですが一区切り。
この手の儀式ってほんと残される者のためにあるんだわ。

今夜は父を想って涙する日。
22 : 19 : 17 | ファミリー | コメント(0) | page top
Uncontrollable
2014 / 11 / 10 ( Mon )
親を亡くしたらどのように感じるんだろう?
親が存命中からそんなことを時々想像した。(ひどいっw)

自分は冷たい人間で、親の死もそんなに取り乱すことなく淡々と受け入れてきたつもりなんだけども。
関東特有の澄み渡る高い青空を見上げた時。
見守るようなお月様が照らす夜道。
お父さん、もうおらんなぁと思いがけず泣けたりする。

そだな、平穏だけど美しい日常を感じるとき。

あと、別に悪夢でも何でもないけど、父の供養とか49日までの祈りのことについて毎日夢を見てることに気が付いた。
これ、いつまで続くんだろう。
どっかで父の供養を思ったより熱心にしていないことからの罪悪感もあるんかな?と自己分析。

それと、弟とその奥さんとそのご実家の皆さんと、弟のコドモの写真を共有していてiCloudで共有されてくるんだけども。
弟の奥さんとその父上が孫の写真やビデオをやり取りしてるほのぼのした映像やコメントを見ると、
自分が初めてのコドモを産んで、親も元気で、それは大層にかわいがって幸せそうだった頃を思い出してたまらなくなる。
あの頃の父は、体力も気力も満ち溢れ、子供は独立。束の間の老後の喜びだったのかも。

自分では平気なつもりなのに、見慣れた日常なのに。
ふとコントロールしきれない思いで胸がつまることがある。職務上も転換を迎えてる真っ最中もあり、感情を制御しなければいけないのに。

父なんて、別にいなくなっても平気だと思ってた。
普段、接点ないし。好きじゃなかったし。

でも、好きであろうが嫌いであろうが離れていようが、親であり家族やったんだなぁ・・・と思い知ることがしばしば。
失ってから、時間が経ってからわかったのが自分でも惜しいと思う。

だからかな、今の私は、夫にされた態度が許せないんだよな。(話脱線)





22 : 33 : 50 | ファミリー | コメント(2) | page top
家族葬
2014 / 10 / 30 ( Thu )
ちちが亡くなりました。
亡くなる前、肺が真っ白とは聞いたし、弟を一目合わせようと頑張ってきた医師から、お父さんを楽にさせてあげませんか?と申し出があったと妹が泣きながら電話してきたときに覚悟はしました。
その日に帰国した弟は間に合いませんでした。

両親は話し合ってたらしく、自宅での家族&友人葬を選択したので、父はずーっと自宅にいて親戚と親しい人に見守られての供養となりました。
ICU症候群で妄言をいうまでは、いつものごとく悪態をつきつつ、家に帰りたいと泣いてたそうなのでセレモニーホールで執り行うよりよかったのではないかな。
田舎の市街地寄りなので、手狭だったけど。
初七日の御前を自宅でするのはきつかったけど、それは今後は料理屋さんでやることにしたら、母も自宅から送り出せるなーと考えてましたん。

ちち、やっと家に帰ってきたね。まだ自宅にいそうだわ。
なんもかっこいいとこも地位も名誉もなかったけど、幸せだったかな。。。ならいいけど。

お父さんのこと思春期のときからたくさんバトルしてきた、すごく嫌いと思ったことも。へんな人だけど愛情深い親でした。ありがとう。
もう私には「お父さん」と呼べる人はいなくなったんやな〜
死んだからには母のこと頼みます。

今後のことを考えて、葬儀屋さんの仕組みとか見積もりの見方、段取りはばっちり学びました!



テーマ:暮らし・生活 - ジャンル:ライフ

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